コルドバ、コンスエグラ、マドリード

2012年4月18日

5日目

Hotel TRH Alcora

TRH Alcora 朝食
朝食

いつもと同じ内容。 エスプレッソ・マシーンはどのホテルにもあってよかった。

午前8時30分にホテルを出発。 まず、コルドバ(アンダルシア州、コルドバ県の県都)まで139kmの移動。

Cordoba

Puente romano de Cordoba
 Roman Bridge Old Town, Cordoba

メスキータ 01
ローマ橋

グアダルキビール川にかかるローマ橋。手前の塔がカラオーラの塔。対岸がメスキータ。

Mezquita
 Calle del Cardenal Herrero, 1, 14003 Córdoba

メスキータ 02
メスキータ

【世界遺産】左側の塔は鐘楼で高さ93mの高さ。モスクのミナレット(尖塔)として建築されたものコルドバのシンボル。メスキータは後ウマイヤ朝785年に建設開始されたモスク。メスキータはスペイン語でモスクという意味。現在は、司教座聖堂「コルドバの聖マリア大聖堂」を指し、イスラム教とキリスト教が同居する珍しい建築。メスキータやユダヤ人街を含む「コルドバ歴史地区」は世界遺産に登録されている。

メスキータ 03
円柱の森

「円柱の森」と呼ばれるアーチ群。 白い石と赤レンガを交互に組み合わせた2段アーチで850本もの柱が広がる。

メスキータ 04
ミフラーブ

これはメッカの方向に向けられた壁のくぼみで、祭壇となる。 ミフラーブ前のドーム天井は金銀で装飾された幾何学模様。

メスキータ 05

メスキータ 06

メスキータ 07
マヨール礼拝堂

こちらは、キリスト教の大聖堂のマヨール礼拝堂。

【メモ】1236年のレコンキスタの後に、コルドバ市議会がメスキータの芸術性と歴史的遺産の価値を認め、改修しないことを決めていたにもかかわらず、国王カール5世がキリスト教の聖堂へと改築を命じた。このために、メスキータの屋根にはキリスト教の大聖堂の屋根が突き出してしまった。国王は改築後、「もし、前もってメスキータのことを知っていたなら、決して許可を与えなかっただろう。どこにでもある建物の為に、世界にひとつしかない建物を壊してしまった」と嘆いたという。

メスキータ 08
オレンジの中庭

オレンジの中庭はイスラム寺院によくある様子。 イスラム教徒が庭の池で身を浄めた場所。

Calleja de las Flores Alley

ユダヤ人街 01
花の小道

メスキータを出てベラスケス・ボスコ通りの右手の狭い路地に入ると「ユダヤ人街」の「花の小道」がある。
ユダヤ人はレコンキスタの後にキリスト教への改宗を迫られ、ここから出ていった。

ユダヤ人街 02
花の小道

ユダヤ人街 03
パティオ

ユダヤ人街 04
「ZOCO」とある建物は「闘牛博物館」

ユダヤ人街 05

ユダヤ人街 06


EL PATIO ANDALUZ
 Calle Velazquez Bosco 4, 14003 Cordoba

ユダヤ人街 07
EL PATIO ANDALUZ

ここで昼食。日本語メニューもあり、よく団体が利用するみたい。

ユダヤ人街 08
サングリア(4.5ユーロ)

ユダヤ人街 09
イベリコ豚のハム

スペインで初めて食べた「イベリコ豚のハム」 なかなかおいしい。でも高かった。

ユダヤ人街 10
細いパスタのスープ

ユダヤ人街 11
チーズの豚肉巻きの揚げ物(ちょっと固い)

ユダヤ人街 12
バールではハムが吊るされている 

食事の後で、革製品のショップでベルトを購入する。 日本円で2,000円くらいだったので購入。

Belt01

Belt02
MIGUEL BELLIDO

MIGUEL BELLIDOはスペインのブランドで一流メーカーらしい。 コードバンとかなんとか店員が言っていたが、縫い目がないのはなぜ? コードバンで2,000円はないし・・・ きっと「コルドバの製品よ」とでも言ってたんだろうな・・・ ガイドさんに「コルドバ」と「コードバン」は何か関連があるのかと聞いたが、彼女は聞いたことがないそうだった。

【メモ】コードバンは農耕用馬の臀部から採れる皮革。主に革靴や鞄、財布などに使用される。通説ではスペインのコルドバ地方の山羊革(コードバン)に似ていることから、コードバンと呼ばれるようになったとか。アルゼンチンにもコルドバ地方があり、馬革のコードバンがスペインからきているのか、アルゼンチンから来ているのかは不明。

昼食後、ここからコンスエグラまで280kmの移動。

Puerto Lápice

まず、到着したのがコンスエグラの隣町のプエルト・ラピセ。 ここは、セルバンテスの名作「ドン・キホーテ」の舞台となった地。

Venta Del Quijote
 El Molino, 2, 13650 Puerto Lápice, Cdad. Real

プエルト・ラピセ 01
Venta Del Quijote外観

ドン・キホ-テが丘の上の風車を巨人と間違え、闘いを挑む準備をしたという旅籠。現在は「Venta Del Quijote」というレストラン。

プエルト・ラピセ 02

プエルト・ラピセ 03

この井戸の前の水槽でヤセ馬『ロシナンテ』に水を与えたという。

プエルト・ラピセ 04
Venta Del Quijote店内

プエルト・ラピセ 05
テラス席

プエルト・ラピセ 06
ラ・マンチャの花

パイ生地のデザート。 バニラアイスをのせて食べると美味しいらしい。

プエルト・ラピセ 07

周辺にはドン・キホ-テにちなんだお土産屋さんが数件ある。

プエルト・ラピセ 08

でもお土産屋さん以外には町はひっそりとしていて、ほとんど現地の人は見かけない。

続いて、コンスエグラの小高い丘に並ぶ風車を見学に出発。

Consuegra

【メモ】コンスエグラは、カスティーリャ・ラ・マンチャ州の町。ラ・マンチャ地方独特の白壁の家や風車の点在する風景がみられる。サフランの産地として知られ、毎年秋にサフラン祭りが催される。

コンスエグラ 01

車窓からのコンスエグラの町。 ここもあまり人は見かけない。ひっそりしている。 添乗員さんによると夕方からぼちぼち外に出てくるということ。

コンスエグラ 02
丘の上の風車

風車は現在では実用性はなくなり、観光のために一部だけが保存されている。 丘の上は、強くて冷い風が吹いていて、早々にバスに戻った。 風車は回らないように固定されていた。

ここから、マドリードまで127kmのバス移動。 マドリードは、スペインの首都で、マドリード州の州都。

Madrid

マドリード テレビ塔
スペイン国営放送テレビ塔

マドリードのテレビ塔が見えてきた。 午後8時、夕食のため、なぜか中華レストランへ。 レストランの名前は記録なし。外観も画像なし。

マドリード中華 01
中華料理レストラン店内

マドリード中華 02

ここはやめてほしかった。 まずくはないけど、日本の田舎の中華食堂の方がまだ美味しい。

NH Parque Avenidas
 Calle Biarritz, 2, 28028 Madrid

NH Parque Avenidas
NH Parque Avenidas

翌朝に撮影したもの。 ここに2連泊した。やはり、少し郊外のビジネスホテル。 修学旅行生やビジネスマンが多く宿泊。

ここから徒歩数分の所に、あのカルフールがあるという情報で、連れと旅行で仲良くなったご婦人たちはお土産を買いにでかけた。買ってきたのは、イベリコ豚のハム、Cava(発泡ワイン)、チョコレート、オリーブオイル。

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